「正直に言ってもらってありがたい。あなたが信用できる人であることが、よくわかりました。できるだけのことはさせてもらいます」
先方は駆け引き抜きで、引っ越し代金の補助を意思表示してくれました。
「ともかく頭にきているのは、不法占拠を企んでいる前の大家です。それも法的に自分たちにはなんらの権利もないことを知っていながら、あなたをあそこに置いて、居座ろうとした策謀もよくわかっています。あの人に金を渡すぐらいだったらあなたに出します」
その後のやりとりは、スムーズでした。
ただ私が負った責務は、決められた日限の中で新しい引っ越し先を見つけることでした。それだけのことでしたが、創業1年余の私には当然のことながら、資金的余裕はまったくありませんでした。期限内に立ち退くのであれば、立退料として515万円を支払ってくれるという相手方の約束だけが頼りでした。
相手方の約束してくれた予算の範囲で借りることができるかどうか、その一点に社運のすべてがかかっていました。ところが、この物件探しは意外にも簡単で、さして時間をかけることもなく豊島区の高松に見つけることができました。もちろん賃貸借契約でした。
立退料としてもらえることになっているお金が515万円、実際に引っ越しで必要なお金は530万円。したがってこの引っ越しにあたり私が負担した金額は15万円でした。私は15万円で会社を引っ越しできたのです。
念のため申し上げておきますが、この引っ越しについて九段下の不動産屋さんと私の間で金銭の多寡については、まったく交渉しませんでした。法的に先方が圧倒的に強い立場にあるのですから、変に理屈を言って事態を混乱させれば、支給してくれる金額も下がってしまうと私は考えたのです。
振り返って見れば、すべてが功徳でした。
この後、㈱報恩社は業況の拡大に伴い、さらにもう一度、引っ越しをしました。
㈱報恩社は仕事が予想を超えて拡大していったことにより、賃借している本社以外にさらに倉庫も3、4カ所を借りていました。その倉庫代だけで月に500万円くらいの賃料を払っていました。しかし、借りた物は所有している物件とは違います。賃料を払っているだけでは、所有権はつかないのですから、永久に賃借料を払うだけで会社には所有権を持った不動産が、いつまで経っても一切ないということになります。平成7年夏のころのことです。
この時、私が祈ったのは、手持ち資金がないので、100パーセント銀行融資で新社屋を確保したいということでした。会社を経営している人であるならば、私のこの考えが、いかに実現不可能で無謀なものであるか、よくわかると思います。
私は、
「そのような融資ができる物件が出たならば、弊社に回してもらいたい」
と、取引のあった銀行の支店長に話しに行きました。また近隣の不動産屋の人にも、話をしました。
同時に私は、会社の引っ越しにより通勤距離が長くなり退職する人が出ないよう祈りました。私のその思いは、パートの一人ひとりについても同様でした。
ある日、件の銀行の支店長がやって来ました。支店長が、
「うってつけの物件です」
と言うので案内してもらいました。私は物件を見て、若干の使いにくさがあるけれども、既存の土地・建物を買うのだから、少々の不便さはあっても仕方がない、いずれ改築できる経済力を持とうと考えました。
私は即日、直接、支店長に会い、購入する意思があることを伝えました。
「一日で購入することを判断したのですから、本店決済を私に遅れることなく出して欲しい」
(以上第2報)